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過日の市長選挙。予想以上の健闘を見せた某候補。公明党か創価学会本部に大金を献上、2000苗の積み上げがあったとか。
四国・今治市はこの春、合併した。当時の市長は病に倒れながらも、周辺町村長と議会を説得、常陸太田やどこでもおやりになった合併特例を跳ね除けて、200人近い議員の数を30人程度に減らして、合併を実現したのです。スタートからそうしなければ、税金が無駄!というのが根底にあったんです。
書かれています、次のことが・・・。 「「平成の大合併」は、議員の失職が合併の障害にならないように、いくつかの特例を設けている。議員在任特例制度もその中の一つである。議会の承認があれば、議員は、合併後2年以内(最長)、その地位を保障されるもので、他地域ではこの制度を利用することで、議員定数が大幅に増加する例がいくつも見られる。 しかし、新「今治市」ではこの議員在任特例をはじめ一切の特例を認めていない。もし、この特例を認めれば、議員定数は188人まで膨らみ、標準人員34名を150人以上オーバーしてしまうからだ(図表-1)。そうなれば合併メリットの一つである経費削減効果にマイナスの影響がある。今回は、議員自らリストラの先鞭をつけることで、新市の経費削減効果を少しでも早く実現しようとしている。さらに、旧市町村の全域を一つの選挙区とすることで、とかく問題になりやすい議員の問題を一気に解消する予定であり、多くの市町村合併の模範になるところではないだろうか。」 皆さん、ここで今治市を研究してください。 新「今治市」 http://irc.iyobank.co.jp/topics/close-up/no062.htm
葬式で某市議に会った。彼は言った。「いやあ、常陸太田市民ってのは正しい判断をしたねえ。感激したよ。見る目があるんだね、市民は」。市長選の結果についての感想だった。
勿論、かれは当選者を支援した。 私は言った。「市民の三分の2は批判した、入れなかったことは思い起こすべきだよ。奢るなよ」。以上。
今日は鯨が丘の台地で、ある青年に出会った。呼びとめられた。
私の今日のブログから抜粋! 「雨上がりの阿武隈の山並みを見ながら東坂を下って、今日は板谷(番屋)坂を登った。鯨が丘商店街に出た。街中で後輩の若者に呼びとめられた。この方も過日の市長選で公開討論会を実行するなど常陸太田の民主主義化に頑張ってる一人だ。「川又さん、あの話しはどうなってますか?」。市長選の後、私も含めて数人が市議会の早期解散を求める住民運動に関して話し合ったことがあった。人口6万の市なのに20万都市並みの60数人の市議になった市議会、あと2年近くの放置は問題、報酬経費の無駄、人口の三分の1、17000人の署名が集まれば住民投票に持ち込める、やるべきではないか、というものだ。私も考えた。確かに成功すれば税金で一億円は節約できる、市議定数も今の半分以下になるだろう。反面、平成の大合併のために尽力した4市町村の議員さん方にはせめてあと二年は良い思いをさせても良いかな、仮に住民運動が成功しても適正な数の市議誕生の時期が数ヶ月、長くて1年、失敗の可能性も含めて無駄な汗はかきたくないのも真実、そんな感じで時間が経っています。 彼はそうした私たちの動きが知りたかったようで、私は彼に言いました。わたしたちはあなたたちより年をとっていて判断と行動がどうしても保守的、討論会を成功させたあなた方若者達で考え、行動することは極めて大切、真剣にお考えを…、と。」 若者達には熱気とエネルギーと力がある。 失敗しても良いのだ。やってもいいかも知れないね。
今度の市長選挙で、常陸太田市の市職員さんはかなりの方々が現市長の応援者・支持者だったらしい。まあ、市会議員をされていましたから、人柄を知ってのことだったんでしょうが、それにしても大久保市長さんの人心掌握術たるや、天性のものがある、ともっぱらの評判です。
太田一高から茨城大学を出られて、並み居る東大閥を押しのけて、日立の出世街道をひた走るご経歴、頭脳だけでなく人の心を掴む天性のものを感じますね。 最近、ある有力者がこんな話をされていました。 「私がIさんを推薦したのは、彼には私らにはない、天性の商人感覚と経済感覚があるから。彼だったら常陸太田の財政難を解決できる、と確信したから」。 まあ、Iさんの感性と、大久保さんの感性がドッキングしたら理想なのかもね。 いや、余計な無駄話をしました・・・。
子供の頃の夏の楽しい思い出は電車に乗って河原子の海へ・・・だ。
私は泳ぎがあまり得意ではない。しかし、電車の一番前に乗って、大きな広いフロントガラスから、どんどん近づく太平洋の誘い・・・。何とも言えない夏の香りが走馬灯のように甦ります。 しかし、もう、チンチン電車はない。三月で廃線になった。遠い記憶の底にしかもうチン電はないのだろうか。 走らない電車と閉じられた線路。なんとも侘しいヒトコマだ。 そして・・・。その跡地利用を巡って、早くも雲行きが影って見えてきた・・・。 ![]()
先ほど来店されましたお客様との話の中で、思い出しました。
白川さんが古里の十日町市長選に立候補されたが、結果はどうだったんだろう?と。 この間多忙ですっかり忘れていたのです。白川先生、すみません。 結果は残念、敗北でした。「あと5日あったらひょっとして・・・」と先生は徒然草に書いてました。 併せて、選挙選直前は7%しかなかった白川さんへの支持を選挙戦終盤で20%近くまでアップしたそうです。それにしても、この先生、ある著名な権力政治家に、睨まれて、自治大臣までされた政治生命を絶たれて、この数年で三回も落選、しかしながら、粘り強い精神力と生命力(政治家としての)には圧倒されます。 じっくり読んで下さいませ。 5月10日 No.247 戦いすんで、 日は昇る
昨夜の酒宴にて、表題のことが話題になった。
なぜ復活すべきか? 1:広大な面積を誇る新生・常陸太田市のすぐ後に、和田町とか、町田町では、何処なのかがピンと来ない。 2:常陸太田市の後に、例えば常陸太田市水府町町田とか、常陸太田市金砂郷町芦間とか、常陸太田市里美町徳田とかにしたら、旧町村名も残り、かつ、すぐに場所を特定できて判り易い。 3:合併協議会では何故、かような議論はされなかったのか?想像力の欠如か 4:これからでも遅くない、導入の研究に着手しよう そんな結論になった。 ちなみに昨夜のこの議論は、常陸太田ライオンズクラブの会長経験者ら重鎮10名。 反対者はなく全員が賛成した。
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